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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1431号 判決

控訴人(原告) 上田隆夫

被控訴人(被告) 国 外一名

主文

一、原判決を取消す。

二、兵庫県知事が別紙目録記載の農地につき、買収の時期を昭和二三年七月二日としてなした買収処分、及び被控訴人谷田に対してなした売渡処分が無効であることを確認する。

三、被控訴人国は控訴人に対し、右農地につき神戸地方法務局市村出張所昭和二五年一月二四日受附第二八〇号をもつてなされた、昭和二三年七月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収に因る農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、被控訴人谷田は控訴人に対し、右農地につき同出張所昭和二五年二月九日受附第五九五号をもつてなされた、昭和二三年七月二日同法第一六条の規定による売渡に因る同被控訴人のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

五、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人国指定代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を、被控訴人谷田は控訴棄却並びに請求拡張部分につき請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は

事実関係につき、

控訴代理人において「なるほど、乙第四号証の買収計画書綴には本件農地関係の分も綴込まれているが、そのことから直ちに本件農地につき買収計画が適法に樹立せられたものとすることはできない。右買収計画書は杜撰極まるものであつて、現に訴外以頭盛太所有の田一件三畝歩、以頭隆夫所有の田一件三畝九歩、太田勘吉、太田勘蔵共有の溜池一件八畝歩については、買収計画書に記載されてはいるが、買収計画はなく、また訴外斧江福一所有の農地については、買収計画書には田四件三反二二歩と記載されているのに、買収決議のあつたのは田五件三反三畝一〇歩であり、更に訴外山本虎次郎所有の溜池一件一畝歩、坂本一男所有の溜池一件八畝歩については、買収決議があるのに、買収計画書にはその旨の記載がないのである。殊に、本件においては、被控訴人等が適法に買収計画が樹立されたとする昭和二三年四月二六日開催の北阿万村農地委員会の議案中には、本件農地が抹消せられ、同日の右委員会の議事録にも本件農地の記載がないのであるから、本件農地については買収計画は樹立せられなかつたものというべきで、このことは、本件農地と同様、第五次買収計画により買収計画が樹立せられ、これに対する異議申立も却下せられた訴外谷口亀五郎所有の農地が、再び右委員会で買収の決議がなされ、右議事録にその旨の記載のあることに徴しても明らかである。右の如く議案中から本件農地が削除せられたのは、控訴人が不在地主であるか否かにつき議論が分れていたので、右委員会においては特にこれを除外することとしたためである。しかるに、右農地につき買収計画書が作成せられたのは、当時の右農地委員会長が被控訴人谷田の伯父に当り、また当時の村長と格別緊密な間柄にあつたので、右被控訴人の利益を図るため、特に右農地につき委員会の議決を経ることなく買収計画書を作成し、これに基き買収手続を進めたものである。また、被控訴人国は、本件農地につき第七次買収計画が適法に樹立せられていないとしても、右農地についてはすでに第五次買収計画において適法に買収計画が樹立せられ、これに対する控訴人からの異議申立に対しても却下決定がなされ、その旨控訴人に通知せられているのであつて、前記農地委員会においてはただその買収の時期のみを変更して県農地委員会の承認を得て買収したものであるから、本件買収処分は有効であると主張するが、買収処分は各買収計画毎にその有効性を判断すべきもので、第五次買収計画を第七次買収計画に流用し、第七次買収計画に対する県農地委員会の承認買収令書の交付を以て第五次買収計画のそれと解することはできないのみならず、第五次買収計画も、これに対する控訴人の異議申立に対し北阿万村農地定員会においては却下の決定をなさず、仮に右決定があつたとしても控訴人に対しその旨の通知がなかつたのであり、仮に然らずとしても第五次買収計画に対しては県農地委員会の承認がなかつたから、右買収計画はすでに失効したものである。なお、控訴人は本件農地の登記名義人たる被控訴人等に対しそれぞれ請求の趣旨記載の如く所有権取得登記の抹消登記手続を求める」と述べ、

被控訴人国指定代理人において「控訴人主張の議案、議事録に本件農地が記載せられていないことは控訴人主張のとおりであるが、これは、本件農地についてはすでに第五次買収計画樹立の際、買収要件につき十分審議が尽された上、買収決議がなされ、控訴人の異議申立に対しても却下せられていたので、第七次買収計画樹立の際にも、前記農地委員会において再びその買収が決議せられたのではあるが、殊更これを記載するを要しないものと考え、これを省略したにすぎないものであつて、そのために本件農地に対する買収計画の適法性が左右せられるものではない。仮に控訴人主張の如く第七次買収計画樹立の際、本件農地につき買収の決議がなされていなかつたとしても、右第七次買収計画が審議せられた昭和二三年四月二六日の農地委員会において、本件農地に対する第五次買収計画中の買収の時期を、第七次買収計画に定める期日たる同年七月二日に変更し、その新期日について公告縦覧をなし、前記第五次買収計画と共に兵庫県農地委員会の承認をえて本件買収処分がなされたのであるから、右買収処分には何等の違法もない」

と述べ、

(証拠省略)

たほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

本件農地が控訴人の所有に属していたところ、右農地につき、訴外北阿万村農地委員会が、昭和二三年四月二六日、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当する農地として、買収の時期を同年七月二日とする買収計画(第七次買収計画)を樹立したとして、兵庫県知事がこれに基いて買収処分をなし、次いで被控訴人谷田に対し右農地の売渡処分をしたこと、及び右農地につき右買収処分及び売渡処分に基き、控訴人主張の如き買収に因る農林省のための所有権取得登記手続、売渡に因る被控訴人谷田のための所有権取得登記手続のなされていることは当事者間に争がない。

ところが、控訴人は、右買収は訴外農地委員会の定める農地買収計画によらずしてなされたものであるから無効であると主張するに対し、被控訴人等は、右買収計画は昭和二三年四月二六日の同委員会において適法に樹立(第七次買収計画)せられたものである旨主張するので、まずこの点について考えるのに、成立に争のない乙第一、第二号証、同第三号証の一、二、原本の存在及びその成立に争のない甲第八号証の八、同第九号証の一、二、三、原審証人船越忠雄の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二号証、印刷部分が議案であることは当事者間に争なく、その余は当審証人坂本一男の証言により真正に成立したものと認められる同第六号証と、原審(第一、二回)並びに当審証人船越忠雄、同林儀一、原審並びに当審証人米田悦郎、原審証人中山一雄、同武田愛一郎、同坂本亀太、同豊田勇吉、当審証人坂本一男の各証言の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、訴外北阿万村農地委員会は、昭和二二年一二月一五日樹立の第五次買収計画において、本件農地につき自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当する農地として昭和二三年二月二日を買収の時期とする買収計画を樹立したが、控訴人においてこれに対し異議の申立をなすとともに、同村々長米田悦郎、右委員会委員長坂本亀太等に実情を訴えて陳情したので、右委員会においても、控訴人の妻子が在村している等の実情を考慮し、法律によつて買収するよりは控訴人と耕作者たる被控訴人谷田との間で話合いによつて円満に解決せしめるに如くはないものと考え、右米田村長の斡旋に委せ、強いて買収手続を進めなかつたこと、ところが同村長が斡旋している間に右買収計画は昭和二三年二月二日の買収時期を経過したため、その時期までに自創法第八条による県農地委員会による承認を受けるに至らなかつたので一応失効したものと取扱つていたこと、その後、右委員会においては第七次買収計画を樹立することになり、昭和二三年四月二六日開催の委員会において事務局作成の買収計画案に基いて買収農地の審議をしたが、本件農地については右計画案に買収農地として登載されていなかつた(一旦「上田隆夫田」なる項目を記載し、朱抹)ため、審議の対象とはならず、唯右委員会の席上、前示村長から前記斡旋の不調に終つた経緯につき報告があつたにすぎなかつたもので、右報告の後にも、本件農地の買収を即時議案に加える旨の提案もなかつたこと、従つて、同日開催の委員会においては、本件農地については改めて買収計画樹立の議決がなされていないのは勿論、買収時期を変更して前記第五次買収計画を流用する旨の議決もなされなかつたこと、さればこそ同日の議事録にも、本件農地と同様第五次買収計画において買収計画が樹立せられ、それに対する異議申立も却下せられた訴外谷口亀五郎所有の畑一反七畝五歩については議決があつた旨の記載があるに拘らず、本件農地については何等の記載もないことが認められ、右認定に反する証人米田悦郎、同坂本亀太、同豊田勇吉、同林儀一、同坂本一男の証言は前顕各証拠に照し措信し難く、乙第四号証(買収計画書綴)も単にその存在のみを以てしては未だ適法に被控訴人等主張の買収計画が樹立されたことの証左となすに足らず、他に右認定を覆すに足る確証もない。

してみると、本件農地については第七次買収計画において買収計画は樹立せられていないものといわざるをえないから、これあることを前提としてなされた本件買収処分には、重大かつ明白な瑕疵があるものというべく、右瑕疵は本件買収処分の無効を招来するものといわねばならない。被控訴人国はこの点につき、たとえ本件農地につき第七次買収計画において買収計画が樹立せられていなかつたとしても、第五次買収計画において適法に買収計画が樹立せられ、控訴人からの異議申立も却下せられていたので右第五次買収計画中の買収の時期を同年七月二日と変更した上、これらにつき県農地委員会の承認をえたものであるから本件買収処分は有効である旨主張するが、右委員会において本件農地に対する買収の時期を昭和二三年七月二日に変更して買収する決議をした事実がないことは前記認定のとおりであり、また兵庫県農地委員会のなした承認が前記第五次買収計画に基いてなされたものではなく、第七次買収計画に基いてなされたものであることは弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、右主張はすでにその前提事実においてこれを是認するに由がない。

そうすると、本件買収処分の無効であることは明らかであるから、これが有効なものとしてなされた本件売渡処分も亦無効であり、従つて前記各登記もいずれも登記原因を欠く無効なものといわねばならず、被控訴人等はそれぞれ本件農地の所有者たる控訴人に対し右各所有権取得登記の抹消登記手続をなす義務があるものといわねばならない。

よつて、控訴人の本訴請求は全部正当として認容すべく、控訴は理由があるからこれと異る原判決を取消し、民事訴訟法第九六条第八九条第九二条但書第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 大野千里)

(別紙目録省略)

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